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弁護士ブログ

「池袋暴走事件-被疑者を逮捕しないのはおかしい?」

2019.11.13|甲斐野 正行

今朝(11月13日)、テレビで某局のモーニングショーを見ていましたら、今年4月、東京・池袋で車を暴走させ、11人を死傷させた旧通産省・工業技術院の飯塚幸三元院長(88)が昨日(12日)、過失運転致死傷の疑いで書類送検されたことを取り上げていました。

飯塚元院長は、当初ブレーキが利かなかったという弁解をしていたのに対し、警視庁は「アクセルとブレーキの踏み間違い」が原因だと断定し、元院長を書類送検したとのことですが、その番組では、元院長が逮捕勾留されていないことが、「上級国民」であることを忖度した手ぬるい「処分」であり、もっと厳しい処分をすべきというニュアンスでした。

 

大変悲惨な事故であり、ご遺族や被害者の方々のお気持ちは如何ばかりかと思うのですが、それをネットでの「上級国民」などという妄言に東京キー局が乗っかって番組作りをすること自体、見識を疑うところであり、マスコミの質の低下といわざるを得ません。しかも、「逮捕・勾留」という捜査手続を何らかの刑罰的な処分であるかのようにミスリードし、逮捕・勾留するよう煽っていることは深刻な問題です。

 

身柄を拘束するという意味では、懲役等の刑罰と逮捕・勾留は共通する面はありますが、逮捕・勾留という手続は、あくまで証拠を確保収集するための捜査の手法の1つにすぎず、処罰的な意味はありません。そもそも有罪・無罪が確定していない段階で刑罰的なものを被疑者に科すことはできませんし、ペナルティや見せしめとして利用すべきものでもありません。

 

捜査は、あくまで任意捜査で行うのが原則であり、身柄を拘束する逮捕・勾留という強制的な捜査手段は例外的なものであって、①犯罪の嫌疑があることを当然の前提として、更に②勾留の理由(逃亡や証拠隠滅のおそれ)、③勾留の必要性という要件があって初めてできる手段です(刑事訴訟法2071項、60条)。現実に多くの事件は任意捜査で処理されており、そうでなくては、後述するように時間的な縛りがあるため、捜査機関は過重労働で崩壊してしまいます。

 

そして、今回の場合、①は明らかですが、②の勾留の理由については、元院長の現在の身体状況や身元の確かさからして、逃亡のおそれがあるとは考えられません。また、ブレーキが利かなかったという弁解はしていますが、事故車両は既に押収されており、ブレーキに故障があったかどうかは、科学的に検証されるほかなく(現に捜査の結果、ブレーキに問題はなかったと判断したようです。)、元院長が証拠隠滅をしようにも具体的にどうこうできる状況ではありません。

 

もちろん、交通事故で被疑者が現行犯逮捕されるケースもあるのですが、それは被疑者が身柄拘束に耐えられる身体状況であることが前提ですし、交通事故では多くの場合、逮捕後は、勾留までされずに身柄を解放されています。

事故直後は、自分のしでかしたことにパニックになり、逃亡のおそれが否定できませんし(事故を起こしたことによる恐怖でひき逃げしてしまう人は多いことからもお分かりでしょう。)、また、証拠隠滅のおそれも高い(例えば、飲酒運転で、飲酒をしていたことの発覚を免れようとして身代わりを通謀することもあります)のですが、逮捕されて一定期間過ぎてしまえば、気持ちも落ち着き、身元確認や誰が運転者かの確定ができますし、交通事故で集めるべき証拠は通常それほど多くはなく、逃亡や証拠隠滅のおそれが少なくなる一方、身柄拘束を継続することによる被疑者の不利益(仕事を失うなど)が大きいからです。

今回の場合、元院長は大けがをして入院治療が必要であり、事故後すぐに逮捕しても取調も出来ませんから、身柄拘束する意味がありませんでしたし、治療が済んで、出歩くことができる状態になった時点では事故後既に相当期間が経過していて、集めるべき証拠は収集され尽くしており、今更逮捕・勾留して、隠滅を防止すべき証拠が残っているとは考えられないといえます。

 

警視庁が、元院長を逮捕しなかった理由として、逃亡のおそれも証拠隠滅のおそれもなかったからと説明しているのは、まさにそのとおりであり、仮に元院長に対する逮捕状や勾留状を裁判所に請求しても、裁判所は認めなかったと思われます。

 

もう一つ、よく理解されていないのが、一旦逮捕・勾留してしまうと、時間的な制限があって、捜査機関側としては、その期間内に事件を処理することが事実上迫られてしまうということです。

逮捕による身柄の拘束時間は原則として警察で48時間・検察で24時間の最大72時間であり、その後、勾留は原則10日、例外的に更に10日の範囲内で延長できますが、その範囲内で起訴するかどうかを決めて、起訴するなら、起訴手続をとらなければなりません。

今回のように、被害者が多い場合には、被害者毎に逮捕・勾留を繰り返すこともありますが、それも無制限ではなく、1つの事故ですから、裁判所が再逮捕・再勾留を認めるとは限りません。いずれにしても時間的な縛りがあるわけで、逮捕・勾留すべき理由がないのに、あえて逮捕・勾留して、わざわざ時間的な縛りを自らするメリットは警察・検察にはないのです。

そこを敢えて、被疑者へのペナルティとして逮捕・勾留するというのは、人権的に見て問題があるばかりか、捜査機関にとっても無意味というほかありません。

 

逮捕・勾留のこのような法的な意味は、マスコミであれば、普段の社会事件報道で十分認識し理解しているはずですし、上記モーニングショーでコメントしていた方も某東京の方の大学ご出身で、司法試験以上に難しい某国家試験をパスしたキャリアの持ち主でしたから尚更です。それを、敢えて、このような悲惨な事件を起こした元院長に対しては、逮捕・勾留をして厳しく接するべきと述べるのは、法律をよく知らない視聴者に対する意図的なミスリーディングといわれても仕方がなく、ちょっと看過できないと思い、筆を執った次第です。

以上

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