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弁護士ブログ

「HIV感染不告知を理由とする内定取消し違法-札幌地裁」

2019.09.19|甲斐野 正行

  北海道男性が採用面接においてエイズウイルス(HIV)感染を告げなかったことを理由に、病院のソーシャルワーカー採用内定を取り消されたことによる慰謝料を病院を経営する社会福祉法人に請求していた事件で、今月17日に札幌地裁が、社会福祉法人に慰謝料165万円の支払を命じたという報道がありました。

 

 札幌地裁は、事業者が職員採用に当たってHIV感染の有無を確認するのは許されないとして内定取消しを違法とし、また、病院側が、男性のHIV感染を、男性が以前受診した際のカルテから把握したことも医療情報の目的外使用で違法であると判断したということです。

 

 これについては、もしかしたら、HIVのような怖い病気に感染しているかどうかを確認したらいけないのか!?と驚かれる方がまだおられるかもしれませんね。

 

 HIVについては、今年映画で大ヒットしたクイーンのボーカル フレディ・マーキュリーなど、その発見・蔓延当初の被害が劇症でひどかったことから、そのイメージがいまだに残っているように思われます。

 

 しかし、HIV治療は急速に進歩し、HIV治療薬の投与によりウィルス量を抑制すると、多くの場合、いったん低下した免疫力が回復することが明らかとなっており、HIV専門医の間では、HIVに感染した場合でも、免疫が著しく低下しない限り治療の必要はなく、日和見感染症(健康な動物では感染症を起こさないような病原体(弱毒微生物・非病原微生物・平素無害菌などと呼ばれる)が原因で発症する感染症)が発症しない限り、患者の活動を制限する必要はないとするのが一般的見解であり、通常は、スポーツ、激務または仕事ゆえに免疫が低下するということはないようです。

 少なくとも専門医の間では、HIV感染症は、現在では既に共存可能な慢性疾患ととらえられ、免疫が著しく低下しない限り、HIV陰性者と同様の活動をすることに何ら支障はないと考えられ、また、HIV感染症患者の中には、長期未発症者(治療に関係なく免疫低下をきたさない患者)が存在することから、いつ、どのような活動を差し控えるべきかという問題は、免疫が著しく低下してしまった場合に、日和見感染症の危険を考慮しつつ、主治医のアドバイスに基づいて、患者本人が決めるべきことであるとされています。

 

 こうした知見を受けて、労働省(当時)保険医療局エイズ結核感染症課(当時。以下同じ。)は、HIV検査の実施において本人の同意なく実施していた事例がみられたことから、平成5713日には既に、各都道府県・各指定都市衛生主管部(局)長あてに課長名で、「HIV検査の実施について」と題する通知を発し、以下の事項等につき管下関係機関の指導を要請しました。

(ア) HIV抗体検査実施にあたっては、人権保護の観点から、本人の同意を得て検査を行うこと。検査結果の取扱いについてはプライバシー保護に十分注意すること。

 (イ) 医療機関において、HIV検査を実施する際には、①患者本人の同意をとること、②検査前及び検査後の保健指導あるいはカウンセリングがなされること、③結果についてプライバシーが守られること、④HIVに感染していることが判明した患者・感染者に対し、検査を実施した医療機関において適切な医療を提供するか、やむを得ず対処できない場合には、他の適切な医療機関へ確実に紹介すること

 (ウ) HIVは、日常生活においては感染しないことから、就学時、就職時のHIV検査は実施しないこと

 

 さらに、労働省労働基準局長及び職業安定局長は、平成7220日、各都道府県労働基準局長及び各都道府県知事あてに「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」と題する通達(以下「ガイドライン」)を発しました。

 これは、職場におけるエイズ問題に関する方針を作成する上で参考とすべき基本的考えを示したもので、概要以下の内容です。

 (ア) 職場におけるHIV検査は、労働衛生管理上の必要性に乏しく、またエイズに対する理解が一般には未だ不十分である現状を踏まえると職場に不安を招くおそれのあることから、事業者は労働者に対してHIV検査を行わないこと。

 (イ) 事業者は、労働者の採用選考を行うに当たって、HIV検査を行わないこと。

 (ウ) 事業者は職場において、HIVに感染していても健康状態が良好である労働者については、その処遇において他の健康な労働者と同様に扱うこと。また、エイズを含むエイズ関連症候群に罹患している労働者についても、それ以外の病気を有する労働者の場合と同様に扱うこと。

 (エ) HIVに感染していることそれ自体によって、労働安全衛生法68条の就業禁止に該当することはないこと。

 

 そして、同通達と一体となるガイドラインの解説は、ガイドラインの上記(ア)について、①日常の職場生活ではHIVに感染することはないことから業務上のHIV感染の危険性のない職場においてHIV検査を実施する労働衛生管理上の必要性に乏しい、②社会一般のHIV及びエイズに対する理解が未だ不十分であり、職場におけるHIV検査の結果、職場に不安を招くといった問題が懸念される、③HIV感染の有無に関するプライバシー保護について、特別の配慮を要し、本人の同意のないHIV検査を行った場合にはプライバシーの侵害となり、また、本人の同意を得て行う場合であっても、真に自発的な同意を得られるかの問題がある、と説明しています。

 また、ガイドラインの上記(イ)について、HIV感染の有無それ自体は、応募者の能力及び適性とは一般的には無関係であることから、採用選考を目的としたHIV検査は原則として実施されるべきではない、と説明しています。

 

 そして、裁判でも、警視庁警察官採用試験に合格し、警視庁警察学校への入校手続を終了して警視庁警察官に任用された男性が、東京都に対し、同警察学校が任用後無断でHIV抗体検査を行い、この検査結果が陽性であった男性に事実上辞職を強要した等の行為が違法であるなどとして、損害賠償を求めた事件について、東京地判平成15528日判例タイムズ1136114頁は、労働者の採用時におけるHIV抗体検査はプライバシー侵害にあたり、検査の実施に客観的・合理的必要性があり、本人の承諾がある場合に限り違法性が阻却されるが、警視庁警察官に採用された者が採用時に同意なくして、合理的必要性も無いHIV抗体検査を受けさせられたことに、陽性との結果を示されて辞職を勧奨され辞職に至ったことは、違法な公権力の行使であるとして、賠償責任を認めました。

 この東京地判は、「HIV感染症に関しては、ガイドラインが作成された当時の平成7年当時以降も、現在に至るまで、・・・病態や感染の経路等について社会一般の理解が十分であるとはいえず、誤った理解に基づくHIV感染者に対する偏見がなお根強く残っている」と指摘しているのですが、今回の札幌地裁の事件は、今なお、しかも、専門的知識を有するはずの医療機関においてでさえ、そうした誤解や偏見が残っていることを示したといえます。

 

 HIVに限らず、当初のイメージのまま、その後の状況の変化や医学の進歩を受け容れることなく、不当な差別等を生じさせることは他にもありそうですし、避けなければなりません。

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